つるみけんごの「志」
ホームページをご覧いただき、ありがとうございます。
以前、街頭演説中にお声かけくださった方から、なぜ政治の道を志したのか、もっと明確に書くべきだとご意見をいただきました。
つい昨日もボランティアでポスティングを手伝ってくれている友人から、「つるみけんごが頑張っているのはわかるが、なんで政治の道を志したのか」と質問されました。
自分にとって身近で支えてくれている友人にすら十分に想いを伝えられていなかったことをとても反省しています。
「ひとりでも多くの笑顔と幸せのために自分に何かできることはないか、何か役に立てることはないか。その想いから、政治の道を志しました」
これはトップページにも書いてある私自身の言葉です。
しかしこれでは、その男性と友人が言うとおり、なぜその想いに至ったのかわからないと思い、今回改めて文章にしました。
拙い文章ですが、お読みいただければ幸いです。
「つるみけんごの志」
1986年、政治とは縁のないサラリーマンの家庭で生まれました。
中学2年生の時、大好きだった父が他界し、人生ではじめてひとの死に直面しました。それが最も身近な父であったことに大きな悲しみと戸惑いがありました。しかし、父の死をきっかけに、家族や友人はもちろん、近所の方など、たくさんのひとに支えられて生きているということを感じるようになりました。
今になって思えば、父は自身の死を通じ、「支えてくれるひとがいることの幸せ」を教えてくれたのではないかと思います。
小中学校、高校や大学、社会に出てから知り合ったひと達に支えられて、28歳になった私は、これからは「ひとりでも多くのひとを支えられる人間、ひとりでも多くのひとの役に立てる人間でありたい」と思っています。
そして、「ひとりでも多くのひとの笑顔と幸せのために自分に何かできることはないか、何か役に立てることはないか」その想いから、政治の道を志しました。
親の所得によって大学や将来を諦める子どもがいない社会にしたい。経済的な理由で子どもを産むことを諦めてしまうひとを減らしたい。介護や子育てに一人で悩む人を減らしたい。働く世代の方の望まない介護離職や育児離職を減らし、安心して働ける社会にしたい。高齢者や障がい者の人たちにとっても安心して暮らせる社会にしたい。震災が起きた時には、地域のひと達が支え合い、助け合う街をつくりたい。
私のようにたくさんのひとや社会に支えられて成長した子ども達や、助けられたひと達が、今度は困っているひと達を思いやり、支える力になる。そしてまた、そのひと達が今度は支える側になる。
そんな思いやりと支え合いの連鎖が、少しずつ社会を明るい未来へとつなげていくのだと思います。
私ひとりで出来ることはほんの些細なことかもしれませんが、ひとりでも多くの方と手を取り合って、今日ではなく明日、1年ではなく50年100年先を見据えて、本当に困っているひと、助けを必要としているひとを支え、子どもたちの明るい未来とすべてのひとに生きがいのある社会をつくるため、つるみけんごは全力を尽くします。